名古屋古書組合について

古書市場の運営

名古屋古書組合の活動の中心は、古書市場(交換市)の運営です。
(名古屋古書会館にて、毎週火曜日に開催しています)

この古書市場には、全国の古書組合(全古書連)に所属している組合員であれば、どなたでも参加することができます。実際、毎週の市場には東海地方のみならず全国各地から多くの古書業者が集まり、さまざまなジャンルの古書が活発に取引されています。

※古書組合の関係者以外は市場に立ち入ることができません。
※他県などの組合員で、開催日時の詳細を知りたい方はお問合せください。
TEL:052-241-6232 
メール:hon-ya (at) nyc.odn.ne.jp (名古屋古書会館・川島)
(at) は @ に置き換えて下さい。

 

名古屋の古書業界のあゆみ

江戸時代には、名古屋城から熱田へと南北につながる本町筋の界隈に、数々の本屋が店を構えていたという。当時の本屋は出版業者が小売を兼ねることが多く、芭蕉が訪れた風月堂や、北斎との関わりで知られる永楽屋、貸本屋の大惣などがよく知られていた。

明治以降も、その本屋街の佇まいは受け継がれ、藤屋、菱屋、永楽屋、美濃屋といった店が力を持っていた。やがて明治28年の古物商取締法を契機に、それまで新刊、古書を兼業していた本屋がそれぞれ専業へと分離していく。

大正の時代になり、名古屋の古書業者の有志が大岩会、古典会、新友会といった市会を立ち上げる。それぞれに個人宅や寺社などの場所を借り、買い入れした書籍を持ち寄って、業者間の交換市を開催するようになった。

昭和に入ると、こうしたグループに合併の機運が生まれ、「名古屋古書籍組合」を結成。昭和6年に、法的にも正式な組合設置許可を受けて公の団体となった。以降、毎週2回のペースで定期市会が開催される。また、昭和7年には全国の12の古書組合による「全国古書籍商組合」が発足した。

やがて戦争の時代を迎えると、統制の強化とともに古書についても公定価格が施行され、市場の機能は失われることとなった。また、古書店の店頭にも特高刑事が本棚の監視に訪れ、商品を没収して行くことがあったという。さらに、店主や働き手の多くが出征や徴用となり、名古屋の古書業界でも廃業が相次いだ。昭和19年、国の企業整備統制により、名古屋古書籍組合は「愛知県古書籍統制組合」に編入される。

敗戦後の昭和22年、協同組合法が実施され、愛知県古書籍統制組合は解散する。翌23年、新たな法制度のもと「名古屋書籍商業協同組合」が発足。のちに「名古屋古書籍商業協同組合」と改称された。また、「全国古書籍商連合会」の創立総会が名古屋で開催されている。

昭和26年、名古屋市中区西境町4丁目(現在の中区千代田5丁目)の木造瓦葺建物を増改築し「名古屋古書会館」とする。以来、この場所で定期市会が行われるようになった。

経済成長とともに、読書は広く一般の人々の趣味・娯楽として大きな位置を占め、明治百年のブーム、初版本や限定本、大衆文学、マンガ本など、その折々のブームが古書業界に活気をもたらした。店頭販売のみならず、目録販売や、百貨店やスーパーなどでの催事も盛んに行われた。昭和41年、同地に新築による名古屋古書会館が完成。

平成8年、 名古屋古書会館は現在の鉄骨造に建て替えられる。この頃から、大手チェーンの新古書店の台頭や、パソコン、インターネットの普及など、古書業界にとって新たな状況が生まれてきた。名古屋古書組合所属の古書店においても、店舗とインターネット通販の併売。さらにはネット専業といった業態が増えている。

活字離れといわれ、時代と共に世の中が大きく変化するなか、今なお名古屋古書組合には約90の古書業者が所属。ベテランから若手まで力を合わせて、伝統ある古書市場を継承している。

(参考:「名古屋書籍商業協同組合史稿」)